韓国ドラマレビュー31【奇皇后 ~ふたつの愛 涙の誓い~】長い!そして良かった
韓国ドラマレビュー31
【奇皇后 ~ふたつの愛 涙の誓い~】
総合評価(10段階):9(10が最高)
あらすじ
13世紀末から14世紀中頃にかけて東アジアを支配した王朝・元。 この強大な国家を37年間も揺るがした高麗女性が実在した。 その名は奇皇后。 異国の皇室において、高麗人としての自尊心を失わず、自らの運命を切り開いていった彼女の波乱の生涯を綴った歴史ドラマ
※私個人の感想です
※ネタバレありです
スンニャン(ヤン)の気持ち。
これがどうしても掴めなかった。
最初は高麗の王、ワン・ユを好きになったということは理解出来た。ワン・ユもスンニャンのことが好きでこれぞ純愛!を描いていた。
結局最後までワン・ユはスンニャンだけが好きで、離れていても守っていた。かっこよかったです、ワン・ユ。
一方チ・チャンウク演じる皇帝(皇太子)もまだスンニャンが男装していたときから気になっていた。いや、好きになっていた。この皇帝も一途でした。嫉妬にかられたり、権力争いの中で気持ちがうまく伝わらない場面も多くもどかしかったがやはりスンニャンに一途だった。
問題はスンニャンだ。
復讐のために皇帝に近づき、側室にまで登り詰める。側室になっても皇帝のことを「復讐の道具」としてしか見ていなかった。けれど、スンニャンのために変わっていく皇帝をいつしか想うようになる。
ここまでも分かる。
そこからだ。
話としては37~8話あたりだろうか。
どちらに想いを寄せているのかわかりづらい。もちろん、側室として威厳のある態度でいる、という意味もあっただろう。しかしわからないのだ。
皇帝なのかな、と思う場面もあればワン・ユが出てくればそちらも気にしている。いや、気にしているどころではなく気持ちはあったはず。
そこが私には解せない点であった。
ちなみに最終話で、スンニャンが皇帝から「愛してる」と言われ、「私も想っております」という場面があった。「想っております」と日本語訳にはあったが「サラハンダ」とか確か「愛している=サランヘヨ」のようなことを言っていたので、想いは皇帝にあったのだろう。
51話と非常に長いので細かいところは見終わるとある程度忘れているのだが、思い返せば20話あたりから面白くて面白くて早く続きが見たかった。
どういった場面かというと、スンニャンが側室になってから皇后タナシルリとの闘いの日々を描いていたあたり。私はタナシルリというキャラクターが好きだった。最初から自分の美貌に自信を持ち、自信満々・高慢そのもののキャラクター。どこまでもぶれることなく悪行を重ねていく。そしてただの一度も良心を見せることなく廃位になり、処刑されてしまった。
私はここで終わりにしてほしかったと何度も思う。
そこから先は退屈そのものであった。よくある権力・策略・騙しあい・裏切り・・・それらの連続。宮廷ものには付きものではあるが、あまりに皆があちこちに寝返って「もういいよ」「しつこい」としか思えなかった。
第一話の冒頭でハ・ジウォンが皇后に即位する場面がある。皇帝はチ・チャンウクだ。
この場面があまりに印象が強いので途中どんなことが起こっても「死なないでしょ」「皇帝になるんでしょ」「皇后決まってるでしょ」と思わざるを得ない。
なので2回目の皇后にバヤンフトを迎えるあたりももう結果が分かり切っているのでつまらなくなってしまう。
ワン・ユもどんなに想い続けてもスンニャンが戻ってこないという結論が先にあるのがもったいないと感じた。
「奇皇后」というタイトルだから仕方ないのか。
私はこの場面の必要性がどうしてもわからなかった。
(これは違うドラマの話だが、「7日の王妃」も同様、第一話の冒頭にラストをもってきている。タイトルからもその結論がある程度推測できるという点で似ていると感じた。)
振り返って1話を見た。
冒頭スンニャンが皇后に即位する祝いの場面。
ワン・ゴが「あれがスンニャンなのか」という場面がある。
ところが47話だったか48話の同じ場面では削られていた。そう、ワン・ゴは10話だか15話だかそのあたりから最終話まで一切出番はなかったのだ。途中で話の筋に変更があったのかよくわからないが、不思議というか謎である。
ヨム・ビョンス。
こいつも最初から悪役で登場。あっさり消えるかと思っていたがまさかの51話まで出てきやがった。ワン・ユより生きてるってどういうことだよ、という話。
結論。
面白いが長い。後半しつこくておなか一杯でした。