父親参観、行かなきゃよかったと猛省中。
先月、こちらの記事で、「父親参観」なる行事が設けられていることを書きました。
「父親限定で」行う参観・・・と聞いていたのですが、
どちらかと言うと、「見る」ではなく「一緒に行う」形の行事でした。
私は行こうか少し迷ったけれど、行くことにしていました。
だと思っていたのです。
この「負け」という感情はもちろん自分のものでありますが、
きっと子どもにとっても”休むこと=うしろめたいこと”ではないかと私なりに考え決めた結果でした。
もし、その行事がひっそりと行われるのならば休むという一択でした。
でもきっと何度も何度も先生から「○日は父親参観だからパパと一緒に来てねー」などとアナウンスがあったはずです。
前日も「明日はパパと来る日だね、たのしみだね」なんて言ってたはず。
こうなると、休んだら「自分は恥ずかしいんだ」とか思ってしまうんじゃないかと思ったからなんです。
それはもちろん私の考えで、子どもの心の中は見えないし、正解も分からなかったけど・・・
実際に行ったら、100%不正解。
行かなきゃよかったという気持ちしか残りませんでした。
だって、ここまでしつこく言う必要ある?!ってほど、
「パパと」「パパに」「パパを」と出てくる出てくるパパ。
事情があってパパがいない人は私の家庭だけでなく、他にもいると聞いています。
あまりにも、あまりにも配慮に欠けているような気がしました。
ただの参観であれば、
「子どもたちが何かしているところを見る」というものでしょう。(母親参観はそうでした)
しかし、今回の父親参観は、
パパだけが集まってチームに分かれて、ゲームをする。それを子どもが応援する、
そんなものから始まり、「見る」参観ではなく、むしろ父親ばかりが動く逆参観のようでした。
私は、子どもが父親と一緒に暮らしていないことで、自分を卑下してほしくないと、
強い気持ちをもって暮らしています。
でも、こんな行事されちゃあ、きっと子どものメンタルボロボロですよ。
もう、フォローのしようがない。
私が悪かった。
ごめんね、嫌な気持ちにさせてしまって。
私が寂しくさせないよう、父親の代わりもするからね。
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akari
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